fc2ブログ

はじめの一口はとても甘い

「土曜日、お花見に行かない?」マサトに誘われた。水曜一限の、文学部共通の講義が終わったときであった。チサはマサトをじっと見て三回瞬きをし、(お花見は友達の洋子と、昨日行ってきたばかりだったのだが)いいよと、返事をした。

土曜日、マサトとの待ち合わせは一時だったが、チサは十時に目が覚めた。(これが洋子との約束ならば二度寝をし、十二時に起きていたことだろう。)カーテンと窓を開け、日を全身に浴びた。少し冷たい春の風が、とても心地よかった。
洗濯機を回し、朝食にハムエッグとトーストを食べた。本棚とテレビ台のほこりを落とし、床にダスキンをかけ、洗濯物を干した。昨日寝る前に用意した服を着て、化粧をして、十二時に家を出た。いつもバタバタと出かけるのに、今日は違うな。調子がいいな。チサの歩幅は、普段より少し大きかった。

チサは最寄りの駅から電車に乗って、十二時五十分に待ち合わせの駅前に着いた。マサトはすでにそこにいて
「おはよう。はやいね」と言った。
「十分前行動は、常識だからね」チサが胸を張って言う。
「水曜一限の講義には、いつも遅刻するのに」マサトは笑った。
チサは、マサトに見られていた事を知り、照れくさく思った。

すぐそこのパン屋に入って、マサトはサンドイッチとコーヒーを、チサはフレンチトーストと紅茶を買った。
春休み旅行に行ったことや、どの講義を受講するかなどを話しながら、しばらく歩く。歩くうちに、少しずつ道端に桜の木が増え、いつの間にか桜並木の道に入り、公園に入った。公園には遊具で遊ぶ子ども、バドミントンをする恋人たち、本格的なカメラで桜を撮る男性など、多くの人がいて、思い思いに春を楽しんでいた。

「そこのベンチで食べようか」マサトが、ベンチを指差した。
「そうだね」
マサトはサンドイッチを頬張る。もぐもぐと噛むたびに、こめかみが動く。もみあげから顎にかけて、すっきりとしている。(大学の男の子も、アルバイト先の居酒屋の先輩も、髭が残っていたりする。)
チサがマサトの横顔をじっと見ていると、その視線に気付いたようで、目があった。マサトは口の中のサンドイッチをごくりと飲み込んで
「桜を見に来たんだよね?」と言い、顔をそむけた。耳がほんのりと赤く染まっている。
「そんなに照れなくたって」チサの顔に、自然と笑みが滲んだ。

チサの買ったフレンチトーストには、メープルシロップがたっぷりと塗ってある。ひとくち食べると、口の中いっぱいに、深い甘みが広がった。

+ Read More

スポンサーサイト



涙は出ない

ちょうどホットココアを作ったところだった。
ノブヒコが、「仕事帰りに寄る」というので、私は待つともなく待っていた。チャイムが鳴って、入ってきたノブヒコは、全身に冷たい空気をまとっていた。
「外、寒いんだねえ。ココア飲む?」
ノブヒコは、コートも脱がないまま、「他に好きな女ができたから、別れてください」と率直に言った。そして、私が何とも答えない(というよりも答えられない)うちに、部屋に置いてあった歯ブラシや髭剃りを、てきぱきとビニール袋に入れて、口をキュッと縛った。他にも着替えや整髪料などを、てきぱきとバッグに詰めた。最後に玄関で「本当に申し訳ない」と頭を下げ、ノブヒコは去った。その一連の速さの横で、呆然としていた。
気がついたときには、マグカップいっぱいのホットココアが、アイスココアになっていた。
振られてから二週間、ノブヒコとの四年間を思い出して泣いた。大学の卒業式で告白されたところから、今日のノブヒコのネクタイの色まで、思い出してみた。旅行など、二人の楽しい思い出を振り返ると、泣けた。怒鳴られたりお皿を投げたりした大喧嘩を思い出しても、泣けた。だけど、そういう特別な事よりも、私の部屋で、テレビを見ながらうたた寝しているノブヒコの姿や、電話で聞く「おやすみ」の声を思い出したほうが、ずっと泣けた。毎夜毎夜、泣いたが、朝になればきちんと職場に向かった。
次の二週間は、よほど元気になった。荒れた部屋を片付け、手間のかかる料理を作って食べた。私から誘って、友達とお酒を飲みに行ったりもした。(だけど、ノブヒコと別れたことは、まだ話さなかった)街ではクリスマスのイルミネーションが始まっていた。
その次の週、悲しみがどっと押し寄せた。最初のものよりも、ずっしりと重く、のしかかるような悲しみだった。何をしていても、ノブヒコのことが頭に浮かんだ。仕事にも集中できなかった。
部屋に帰り、エアコンを付け、部屋を暖める。しばらくすると、ベランダでカリカリと音がした。カーテンを少し開けて見る。猫だった。薄茶色の毛に、ところどころ白の混じった猫だ。目が合うと、するりと隠れた。ベランダに茹でた鳥のささみを置いた。夜に見たら、なくなっていたので、どうやら食べたらしい。ふっと私の剥いたフルーツを、次々に食べるノブヒコを思い出して、ぼろぼろ泣いた。
次の日も、その次の日も、窓の外でカリカリという音が続いて、おそるおそる見てみると、猫だった。でも、あげられる餌がなかった。ごめんね、と言うと、猫は「ミャアオ」と鳴いた。ノブヒコも、私が謝るとしぶしぶ「わかった」と言ったことを思い出して、ぽろぽろ泣いた。
次の日、猫の餌を買って帰った。部屋に戻り、一息つくと、ベランダで音がした。
猫が、こちらを見つめている。餌をやると一生懸命に、がふがふと食べ始めた。ノブヒコも食事中は喋らず、一生懸命に食べる人だったな。しみじみと思い出す。
そのとき、一際冷たい風が吹いて、鼻水が垂れた。猫が、こちらを見つめた。鼻をかみながら、ちょっと笑った。

+ Read More

ひえびえ

少し早起きをして、おにぎりを四つ作った。それから卵焼きとウインナーを焼いて、タッパーに詰めた。本当は早起きも、お弁当も苦手なのだけれど。コウちゃんが作って欲しいと言ったので、作った。

二人で電車に三十分ほど揺られ、紅葉狩りにきた。あの赤みたいなチークが欲しいだの、今度髪の毛をあんな色にしようかなあ、などと言い合い、笑い合いながら、楽しんだ。ほどよい時間になり、ベンチに座って、お弁当を広げた。
「私、冷えたごはんを食べると、寂しい気持ちになるよ」
「冷めるものでしょ」コウちゃんは笑った。
それに、冷めてもおいしいよ。そう言って、おにぎりを食べ、ウインナーを食べる。
そうだね。コウちゃんにつられて、笑った。だけどその時、梅干の種を飲み込んでしまったみたいな息苦しさを感じていた。
帰りの電車でも、息苦しさは続いた。一ヵ月経っても、消えなかった。ただし、コウちゃんに会うときだけだった。コウちゃんに会うときだけ、特別、食道の辺りが詰まっているような、狭くなっているような苦しさを感じるようになっていた。

一人暮らしの私の部屋で、夕飯を食べる直前だった。コウちゃんに、そのことを伝えた。
えっ。コウちゃんの目が、大きく開いた。それから、しゅるるとしぼんで、悲しそうな顔になった。
「冷めちゃった?」コウちゃんが、ぽつりと訊いた。
目の前で俯くコウちゃんをじっと見つめる。返事が、できなかった。
この間の話を思い出し、考えた。コウちゃんのことを好きな気持ちは、冷めるものなのかな。冷めても、おいしいのかな。
コウちゃんが喋るのを待っていたけれど、いつまでも喋らない。きっとコウちゃんも、私が喋るのを待っている。沈黙のなか、古い蛍光灯のジィという音だけが響いていた。このまま化石になってしまうかもしれないな、と思った頃、コウちゃんが「それじゃあ」と立ち上がった。ぱっと見上げたけれど、後姿しか見えなかった。玄関の、厚いドアの閉まる音がする。
テーブルの上の、冷めてしまった夕飯を、一口食べる。そしたらやっぱり、寂しい気持ちになった。

+ Read More

これは恋ではありません

コウジと初めて会ったとき、なんとなく居心地がいいと感じた。
初夏の晴れの日、自分の気持ちを確かめるために『散歩しませんか』とメールを送った。『十一時に公園ね』返事はすぐに来た。
十一時きっかりに公園へ行くと、コウジはまだいなかった。十一時二十分頃、へらっと笑いながら現れた。
「おれ、反対の方で待ってたよ」
この公園には、芝生の出入り口と、池の出入り口の、ふたつがある。芝生と遊具とおおきな池とボートがあって、なかなか広い。
「お互い確認不足でしたね」

「ちょっと遠くのコンビニまで行って、戻ってきて、お昼を食べよう。」
提案にのって、コンビニへ向かう。五つを通り過ぎて、六つ目に入った。十五分ほど歩いただろうか。コウジの持つカゴには缶ビールが入っていた。
「まだお昼間ですよ」
「昼間だからいいんだって」
コウジは笑った。目尻に皺ができるのがかわいい。
わたしはおにぎりとお茶を買った。結局コウジはビールではなく、カップ酒を買った。戻る途中、公園にいちばん近いコンビニに入り、缶ビール二本とおでんとやきそばとお好み焼きを買った。
「さっき一緒に買えばよかったのに」
「ビールは冷たいほうがいいし、食べ物は熱いほうがいい」まあ確かにその通りである。

芝生に座る。風がさやさやと吹いて心地よい。
コウジはプルタブを開けて、ビールを手渡してくれた。
「カンパイ」缶と缶がぶつかる。コウジの喉仏が上下した。
「ビールにおにぎりは邪道だから、だめ。やきそばとお好み焼き、どっちがいい」
わたしは、ビールとやきそばのあと、おにぎりを食べお茶を飲んだ。コウジは、ビールとお好み焼のあと、日本酒とおでんを食べたのだが、「物足りない」と言って、走ってどこかへ行き、アイスを持って戻ってきた。
柔らかい日差しのなか、食べ飲みし終わって、ふたりして、ごろりと芝生に寝転がった。
「俺とずっと友達でいてね」
「もちろんですよ」
コウジの真似をして、へらっと笑ってみたが、うまく笑えなかった。

+ Read More

はじめまして

染岡と申します。
小説をあげていこうと思います。
感想など頂けると嬉しいです。
プロフィール

染岡

Author:染岡
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
!